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京都地方裁判所 昭和61年(タ)46号 判決 1987年5月12日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 高橋悦夫

右同 岡田康夫

右同 迎純嗣

右同 辻井一成

被告 甲野太郎

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告とを離婚する。

2  被告は原告に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原・被告は、昭和五六年一二月一四日、婚姻の屈出をした。

2  離婚原因について

(一) 原・被告は、同年一一月七日の結婚式の後、九日間の日程でヨーロッパへ新婚旅行へ出かけたが、その間、原・被告間において性交渉は一度もなかった。

(二) 原・被告は、新婚旅行から帰ってきた後、同年一一月中旬から、被告の住所地において生活を始めたが、原告が、被告との同居を解消した昭和六〇年六月一日までの約三年六か月の間、原・被告間には全く性交渉がなかった。

(三) 原・被告は、被告の性的不能を直すため、京都府立医科大学病院、関西性科学研究所(斉藤宗吾医師)等で診察を受けたが、被告の性的不能状態に変化はなかった。

(四) 以上は、民法七七〇条一項五号の「その他、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当する。

3  原告は、昭和六〇年七月、京都家庭裁判所に対し、夫婦関係調整の調停申立てをしたが(京都家庭裁判所昭和六〇年(家イ)第九四五号)、昭和六一年五月二九日、調停不成立となった。

4  財産分与について

(一) 原告は、被告と共に、三年六か月にわたり、被告の父親が営む仕出屋の仕事に従事してきた。

(二) 被告の原告に対する財産分与は金二〇〇万円が相当である。

5  慰藉料について

被告は、自らが性的不能であることを原告に秘して原告と婚姻し、よって、原告は多大の精神的苦痛を被った。右損害を慰藉するには、金五〇〇万円をもってするのが相当である。

6  よって、原告は被告に対し民法七七〇条一項五号に基づく離婚の請求、並びにこれに伴う財産分与金二〇〇万円慰藉料金五〇〇万円右合計金七〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実について、(一)のうち、ヨーロッパへ新婚旅行に行ったことは認め、その余は否認する。(二)のうち、原・被告が被告の住所地で同居していたことは認め、その余は否認する。(三)は否認する。(四)は争う。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4、5の事実はいづれも否認する。

5  請求原因6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、原・被告は、昭和五五年一〇月二三日見合いをして知り合い、同五六年二月一一日結納を取り交し、同年一一月七日結婚式を挙げ、同年一二月一四日婚姻の届出をしたこと、原・被告は、結婚式の後、九日間の日程でヨーロッパへ新婚旅行に出かけたこと、原・被告は、新婚旅行後の昭和五六年一一月中旬から、原告が実家へ帰った昭和六〇年六月一日までの間、被告住所地において同居していたこと、が認められる。

二  離婚原因について

1  《証拠省略》によれば、被告が昭和五八年二月八日京都第一日赤病院泌尿器科で診察を受けたこと、その後まもなく、被告が原告に対し、京都第二日赤病院に行くと言い、精液をとるためと称する試験管と飲み薬を持って帰って来たこと、その後被告は、同年三月八日から京都府立医大付属病院泌尿器科へ、次いで同年七月一九日から同病院精神科へ通ったこと、また被告は昭和六〇年四月二〇日関西性科学研究所へ行き検査、カウンセリングを受けたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右各事実を総合すれば、原・被告間の性交渉が正常に行なわれていなかったことを推認することができる。

また《証拠省略》によれば、原・被告は約三年半の間夫婦として同居していたにもかかわらず、原・被告間には子供が生まれていないこと、原告の体には子供ができない疾患は特にないこと、被告に、性的興奮や性的衝動が生じていないことが認められ(る)。《証拠判断省略》そして右各事実及び原・被告間の性交渉が正常に行なわれていなかったことを総合すると、被告が性的に不能であって原・被告間に、新婚旅行中も、また、約三年半の同居生活中に性交渉がもたれなかったことを推認することができる。

2  ところで、《証拠省略》によれば、被告の性器系に器質的異常が認められないことが認められる。しかしながら、性的不能は、性器系の器質的異常以外の原因でも生じうるのであって、右事実のみによっては、前記推認を覆すには十分でなく、他に前記推認を左右するに足りる証拠はない。

3  そこで、前記1の認定事実が、民法七七〇条一項五号の「その他、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するかにつき検討するに、「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続の意思の有無など、当該の婚姻関係にあらわれた一切の事情からみて、婚姻関係が深刻に破綻し、婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込がない場合をいい、婚姻が男女の精神的・肉体的結合であり、そこにおける性関係の重要性に鑑みれば、病気や老齢などの理由から性関係を重視しない当事者間の合意があるような特段の事情のない限り、婚姻後長年にわたり性交渉のないことは、原則として、婚姻を継続し難い重大な事由に該るというべきである。

そうしてみると、前記1の認定事実は、「その他婚姻を継続し難い重大な事由あるとき」に該るというべきである。

三  財産分与について

《証拠省略》によれば、原告が、被告の勤め先(被告の父親経営)の仕出し業を、店の忙しい時などに手伝っていたことが認められる。しかし、前記事実だけでは、原告に財産分与を認めるに至らず、他に原告に財産分与をすべき事実を認めるに足る証拠はない。

四  慰藉料について

1  前記二で認定したとおり、被告の性的不能のため原・被告の婚姻生活が破綻していることが認められ、《証拠省略》によれば、被告が原告と婚姻するに際し自己が性的に不能であることを秘していたこと、被告の性的不能及びこれに基因する原被告の婚姻生活の破綻により原告が精神的苦痛を被ったこと、が認められる。

2  ところで、婚姻前には結婚の条件として自己に不利な事情を敢えて開示しないのが通常人の心情であり、それには無理からぬものがあり、一般には事実の単なる消極的不告知が不法行為となることはないというべきであるが、告知されなかった結婚の条件が、婚姻の決意を左右すべき重要な事実であり、その事実を告知することによって婚姻できなくなるであろうことが予想される場合には、その不告知は、信義則上違法の評価を受け、不法行為責任を肯定すべき場合がありうると解するのが相当である。

そこで本件について見るに、婚姻生活における性関係の重要性、さらには、性交不能は子供をもうけることができないという重要な結果に直結することに照らすと、婚姻に際して相手方に対し自己が性的不能であることを告知しないということは、信義則に照らし違法であり不法行為を構成すると解するのが相当である。

3  そうしてみると、被告は原告に対し被告の性的不能及びこれに基因する原被告の婚姻生活の破綻によって原告に生じた精神的損害を賠償すべきであるところ、前記諸般の事情に照らすと、原告の右精神的損害を慰藉するには、金二〇〇万円をもってするのが相当である。

六  結論

以上によれば、原告の離婚請求は理由があるからこれを認容し、財産分与請求は理由がないからこれを棄却し、慰藉料請求については、金二〇〇万円の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 重吉孝一郎)

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